会社概要

三代目代表挨拶『私がこの地でリフォームに命を懸ける理由』

私がこの地で塗装工事に命を賭ける理由とは、幼い頃から祖父と父の仕事を見て育ってきたからです。祖父も父も大工(棟梁)として、多くの職人を使い、家を一棟まるごと建てることができるカッコいい大人でした。そんな祖父と父に憧れていたので、私がこの道に入るのも躊躇はありませんでした。

そこで私は大工と塗装の技術を身に着け、家を建てることと、祖父と父が昔建てた地元のお客様のお家を守る人生を送ろうと思ったのです。
それが私の人生を貫く思いでもあります。

本丸工務店では、養生1つにしても手を抜かず、仕上げのデザイン塗装はもちろんですが、大工ならではのお家の構造を理解した上での診断~補修を行うことで、大切なお家を本当に長持ちさせていくことができるという自信を持っています。

私がこうお話しすると、一部のお客様は「高い金額を要求されるのではないか‥」とご心配されることもあるようですが、その点はご安心ください。

本丸工務店は、私の祖父の代からはじまり、今年で創業以来68年目。昔から変わらず職人直営の工務店ですし、昔からのお客様も数多くいらっしゃるので、誠実なお見積と誠実な施工を今でもモットーに心がけております。

あなたのお家が痛んできたら、ぜひ、本丸へお声がけください。
たとえ当店で施工をされなくても、必ず私たちは最後まであなたの味方ですから。

ほんまるリフォーム株式会社
一級建築士/宅地建物取引士
三代目大工/代表親方/代表取締役 長谷部 光正

代表ブログ「行田・お家の千手観音!」はこちら

二代目紹介『絶対に手を抜かない大工道』

 2代目である父・浩史は大工の道を志してからただひたすら技を磨き続け、「絶対に手を抜くな」「お金を頂ける仕事をしろ」「見えない所にこそこだわれ」と教わり、職人としての決して揺るがない信念として仕事をしておりました。
 小さな事務所に、写真の通り笑顔が苦手な父ではありましたが、新築・リフォーム・外壁塗装と「そんなの出来ません」と言わず腕を揮ってきました。

父はとにかく仕事に真面目。私、光正がまだ未熟だった頃の大工指導はとにかく厳しかった記憶があります。
ただ今になってそれが口数の少なかった父・浩史からの、私への愛情だったのだと思えます。
そんな父の背中を見習い、今後も精進をしてまいります。

有限会社本丸工務店
二級建築士
2代目代表親方 長谷部 浩史

(2025年帰天)

設計・見積も
社長自身がこなしていました。
いつも木と接し向き合っていた姿が思い出に残っています。
父・長谷部浩史と叔母・枝和代の仲良し兄弟

物語『初代友三郎の恋心から始まった本丸工務店』

群馬で生まれた初代親方根岸友三郎。行田に大工修行をしにきて、大八車の受付嬢「きみ」に一目ぼれ。

本気で猛アタックして入り婿となり、忍城の近くで一緒に暮らし始める。

「きみを幸せにしたい」と、その熱心な仕事ぶりは近所の評判となり、それ以来、「一生懸命な本丸さん」がブランドになったのです。

ほんまるリフォーム株式会社
初代代表親方 長谷部 友三郎
当時の様子
思い出のアルバム
長谷部きみ(祖母です)

会社概要

商号ほんまるリフォーム
(有限会社本丸工務店)
本 社〒361-0052 埼玉県行田市本丸1番6号
TEL 048-556-0527 FAX 048-553-0888
資本金300万円
初代代表親方 創業者長谷部 友三郎
二代目代表親方長谷部 浩史
代表取締役社長長谷部 光正(3代目代表親方)
従業員数3名
営業種目外壁の補修
屋根修理
屋根カバー工法
台風対策
アパート塗装
防水工事
外壁の張り替え
雨漏り修理
雨とい修理
屋根塗装
外壁塗装

玄関リフォーム
カーポートリフォーム
テラス屋根リフォーム
ウッドデッキリフォーム

クロスリフォーム
床リフォーム
洗面台リフォーム
トイレリフォーム
お風呂リフォーム
キッチンリフォーム

収納リフォーム
窓リフォーム
増改築
リノベーション
営業エリア行田市
主なサービス木造住宅のリフォーム工事
事業許可 埼玉県知事(般-4)第26892号
所有している資格一級建築士
 二級建築士
 宅地建物取引主任者
 ファイナンシャルプランナー
加盟団体日本建築塗装職人の会

企業理念

家をつくり、家を守り、
地域の家族と日本の心を守る

 本丸工務店では、初代が建てた家を、二代目・三代目がリフォームをさせていただくというお客様が大勢おられます。そのような経緯から生まれた理念です。

仕事の行動指針

一.段取り八分

打ち合わせ・工程作成・材料発注等の段取りまでを80%‖現場作業は20%。

 初代友三郎からの教えの1つであり。今も変わらないほんまるの基本行動指針です。
 新築工事・リフォーム工事において実際に現場で作業する期間は、お話を頂いてから工事完了までのうち20%と考えます。
 例えばお客様との打ち合わせが不十分で「こんなはずじゃなかった…」と満足いく工事ができなかったり、施工中にドラブルが発生し、手戻り作業で工期が伸びてご迷惑をかけてしまった。などといったことのないように起こり得る可能性を前もって考えて工事にあたります。

二、現場はいつもきれいに

帰る前に掃除

 初代友三郎の教えの1つに「帰る前に掃除」というものがありました。
 これはお客様が在宅していらっしゃるリフォーム工事の現場では当然のことながら新築現場でも徹底していたそうです。整理整頓と現場の清掃。当たり前のことですが常に意識しております。

三、工事完了からが本当のお付き合い

 末永くよろしくお願い申し上げます。

 工事完了後のアフターフォローは当然として、その後もお家に関係するお悩みやご相談も賜っております。今日も私は地元行田で汗を流しております。お見掛けしたら恥ずかしがらずに声をかけてくださいね(笑

沿  革

時期出来事
1932年(昭和7年)初代親方 根岸友三郎 群馬県太田市にて誕生。
成長するにつれ、大工の道を志すようになる。
1955年(昭和30年)友三郎。埼玉県行田市内の公共事業で群馬県から電車(秩父鉄道)で通う。その際、運送業の受付嬢をしていた長谷部きみと出会い一目ぼれ。

交際の末、きみの父に結婚の許可を取ろうとする。
きみが一人娘であったため、きみの父は友三郎に婿になることを条件とし、友三郎はこれを承諾。長谷部友三郎となり、行田市に根を下ろすことを決意した。

1958年(昭和33年)友三郎ときみの長男(2代目代表親方)浩史 誕生。
1964年(昭和39年)友三郎ときみの三女・和代 誕生。
1971年(昭和46年)友三郎。きみと共に「長谷部工務店」として建築一式工事を請け負う建設業者登録票を取得。

この頃より、中学生だった浩史は剣道部活動が休みの日には父・友三郎に現場等で大工としての手ほどきを受け始めていたという。
1973年(昭和48年)友三郎。きみと共に「長谷部工務店」として建設業の許可票を取得。
友三郎は精力的に大工として地域で腕を振るい続け
当時の近隣住民でも評判となり、「是非、友三郎さんに家を建ててもらいたい」と言われるようになり、数年待ちの状態だったという。

現在も本丸工務店の周辺には友三郎が設計・施工・監督をした木造戸建て住宅を見ることができる。
1977年(昭和52年)友三郎。「長谷部工務店」から地元地名より命名し「本丸工務店」とし昭和52年4月に有限会社 本丸工務店 設立 法人化した。
1980年(昭和55年)長谷部きみ 病気により49才で帰天。
友三郎48才。浩史22才。和代16才の時であった。
1980年(昭和55年)早くも力をつけてきた浩史に友三郎は取締役を任せ、浩史は22才にして取締役に就任。友三郎は会長となり現場を引退。営業を主とした立場になる。
1982年(昭和57年)浩史(2代目)。しのぶと結婚。
1983年(昭和58年)浩史としのぶの間に、長男・光正(3代目)誕生。
1998年(平成10年)中央第三分団庁舎の建設が評価され、感謝状を賜る。
2005年(平成17年)光正。ものつくり大学を卒業。本丸工務店に入社。
現場に慣れないながらも、初代・友三郎。2代目・浩史に手ほどきを受け始める。
2006年(平成18年)長谷部友三郎 74才で帰天。


浩史・光正親子ともに現場を施工し続け、
徐々に光正も現場を任され始める。
2008年(平成20年)日本建築塗装職人の会に入会。
2014年(平成26年)光正。一級建築士試験に合格。
2018年(平成30年)長谷部光正 取締役に就任。
2025年(令和7年)2代目・長谷部浩史 67才で帰天。
同年、生前の消防団の活動により、天皇から瑞宝単光章を授与される。

長谷部光正 代表に就任。

■場所:行田市役所から徒歩二分

アンカー

メディア紹介・表彰実績

消防分団庁舎の建設をさせていただきました。

私たちの得意分野である塗装技術・リフォーム技術に、日々磨きをかけ精進いたしておりますので、昔と変わらず、安心してご相談ください。

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